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マジョリティ男性こそが、フェミニズムを勉強するといいんじゃないか?再びキズナアイ騒動に寄せて

news.yahoo.co.jp

そんなにおかしなこと書かれていないと思うのですが、はてなブックマークでは結構叩かれているようにみえますね。

はてなブックマークというのは、上記リンクの中の3ケタの数字がありますよね。この数の方々が、いろいろ意見を書き込んでいらっしゃいます、コメント欄みたいなものです。

わたしの疑問は、男性の反応がヒステリック過ぎないですか!?というものです。ネットでは結構それが顕著だと思います。フェミニズム・フェミニストへの嫌悪とわたしには見えます。

それはなんでだろ?と考えて、それへの対応までが下記リンク記事になるのかな?と思います。ぜひ記事をご覧ください。

文脈は、マジョリティ(シスヘテロ(自身の性別に違和感がない異性愛者)のマジョリティ男性)が杉田水脈的排外主義に陥るのはなぜかという見立てなのですが(記事内ではちゃんと杉田議員と書いてあります)、これをマジョリティがフェミニズム・フェミニストへの嫌悪に陥るのはなぜかとも読めるのでは?と考えています。

www.buzzfeed.com

「当事者研究の狙いの一つは、類似した困難やニーズを持つ仲間と協力して、見えにくい困難を表す言葉を生み出し、広めることで可視化する、いわば言語のバリアフリー化とでもいうべきものです」

「杉田俊介さんから教えて頂いたのは、今や見えにくい障害や病気を持つ人々だけではなく、マジョリティも見えにくい困難を抱え込んでおり、罪悪感や被害者意識、見えやすいマイノリティ性への複雑な感情を募らせているのかもしれないということでした」

「これ自体、検証が必要な仮説ではありますが、もしもこの仮説が正しいのなら、これから行わなくてはならない作業は、彼らマジョリティが、自分たちの困難を正直に見つめ、言葉にしていくことなのだと思います」

「当事者研究の観点からいうと、その作業は、私が行うものではなく、マジョリティ自認のある、困っている人々が行うものです。ですから、杉田議員の発言を支持する理由となっているマジョリティ側の困難があるのかどうか、あるとしたらそれが『自分がいつ強者の立場から滑り落ちるかわからない不安』なのかどうかといった問いは、私が答えるべきものではないのでしょう」

「ですが、同時に当事者研究では、他の当事者の当事者研究からヒントをもらうことも多いのも事実です。とくに、一生懸命努力すれば、なんとかマジョリティと同じようにふるまうことができるような、可視性の低い障害や病気をもつ人々の当事者研究は、マジョリティの当事者研究を進めていく上である程度参考になるかもしれません」


引用一番下の段落の、他の当事者の当事者研究からヒントをもらう、というところからわたしは、マジョリティ男性(わたしも)が、フェミニズムを勉強するといいんじゃないか?という考えをもっているのですが、どうでしょうか?

マジョリティも見えにくい困難を抱え込んでおり、罪悪感や被害者意識、見えやすいマイノリティ性への複雑な感情を募らせているのかもしれない……そうだろうと思います。

マジョリティが、自分たちの困難を正直に見つめ、言葉にしていく……これしかないだろうと思います。

そしてこれって、たぶんフェミニズムの考え方や方法論と合致しているんじゃないか?というのが自分の仮説です。すみません、まったくの門外漢です。

ただ少なくとも

「以前、杉田俊介さんと対談をさせて頂いたときに、障害がなくヘテロの多数派男性は、マイノリティとは逆に、『制度的にも法的にも、あるいは社会のデザイン的にも、あまりにも優遇されてきたがゆえに、それを問う必要性そのものがなかった。だから、ものすごく言葉が貧しい』とおっしゃっていました」


これは事実として正しい、と思わざるを得ないです。反応がヒステリック過ぎます。

『制度的にも法的にも、あるいは社会のデザイン的にも、あまりにも優遇されてきたがゆえに、それを問う必要性そのものがなかった。だから、ものすごく言葉が貧しい』

これ正しいと思わざるを得ないです。わたしもぽーっと生きておりますので、ものすごく言葉が貧しいと自分でも思います。

それでも、制度的にも法的にも、あるいは社会のデザイン的にも、優遇されていない方々が重ねられてきた思索というかそこから紡ぎ出される言説というか、そういったものに対し、スゲ~と思う感性はまだ持ってます。

たぶんみんな持っているんじゃないか?だから余計に反発するのかな?

マジョリティ男性からすると、フェミニズム論者の言説って、「秩序」への挑戦に見えるんでしょうね。フェミニズム論者のそんなもん「秩序」でもなんでもねーから!という指摘に右往左往しているようにみえます。わたしもそうです。

それでもなんとかやっていくしかないんじゃないの?同じマジョリティの手になる、 自分たちの困難を正直に見つめた言葉を読んでみたい。

誰か頑張ってください。

最後投げやりですが、自分もちょっとずつ勉強して、発信していこうと思います。

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こちらもだいぶ批判をいただきましたが、一応まだ自説を曲げておりません。

価値相対主義を超えて、本当の自由とは何か?と問いかける記事であり、間違った「思想の自由市場」論を正しく説明する記事に繋がります。

気になった方はぜひお読みください。

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