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「性自認」という概念はあきらかに曲解されていると思います

www.tokyo-np.co.jp

上記の東京新聞WEBの記事をざっくりまとめますと、

  1. 自民党の変更案は「差別は許されない」を削除しています。第1条の「目的」から削除し、第3条の「基本理念」では「不当な差別はあってはならない」に改めている
  2. さらに自民党案では、法案名や条文から「性自認」を削除し「性同一性」に置き換えている

差別は許されない→→→不当な差別はあってはならない、ですか。

だいぶ差別の解消に後ろ向きやなと。

とりあえずここでは2.をとりあげます。わかりにくい概念である「性自認」と「性同一性」について、できるだけ当事者の方々を周縁化することなく、この議論に不案内な方に簡明なご説明をして、もってLGBTQ+の方々への差別がなくなることを目的として書きます。

その後、可決されましたね。憲法学の笹沼先生のツイートは、このあとも引用いたします。少数者を差別する目的で盛り込まれた条項は憲法違反となり効力を持たない。差別者の試みは憲法の前に挫折する。

まさしくそのとおりだと思います。

性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない

さきの東京新聞の記事からの引用です。

実は「性自認」も「性同一性」も、英語の「Gender(ジェンダー) Identity(アイデンティティー)」の訳語だ。GID性同一性障害)学会理事の針間克己医師のように「どう訳すかの問題で、本来的な意味は変わらない」という考えもある。

専門家に話を聞いて「という考えもある」って失礼じゃないですか?

まずは「性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない、ということをおさえてください。

GID性同一性障害」概念は、改称・再概念化されて「性別不合」となり、精神疾患の分類ではなくなった

性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない、ということを前提として、ここから「性同一性」という訳語の関連をおっかけていきます。

こちらはわかりやすい記事があったのでそちらをリンクします。

https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1240020134.pdf

ポイントは、ICD-10の概念であるGID性同一性障害」が、ICD-11では「性別不合」として改称・再概念化され、精神疾患に分類されなくなったということです。

P140~P141 に「性別不合」の説明があります。

ICD-11では、診断概念が、体験されたジェンダーと指定された性の不一致となっています。

ICD-10、DSM-5、ICD-11の比較表。

(上記リンク 松永千秋論文 P140)

英文でも確認しておきましょう。

ICD-11におけるGender Incongruence「性別不合」の定義 は以下の通りです。

性別不合は、個人の体験されたジェンダー(an individual’s experienced gender)と指定された性(the assigned sex)の顕著かつ持続的な不一致によって特徴づけられる。ジェンダーの多様な振る舞いや好みだけでは、このグループとして診断名を割り当てる根拠にはならない。

Gender incongruence is characterised by a marked and persistent incongruence between an individual’s experienced gender and the assigned sex. Gender variant behaviour and preferences alone are not a basis for assigning the diagnoses in this group.

訳は、松永千秋論文を参照しました。松永先生の訳は、原文に忠実に、また性別二元論を採用していないというニュアンスを残すため「性別」という言葉を使わないところにこだわりがあるのではないかと推測しています。性別二元論についてはのちほど。

スティグマは当事者のものではなく、非当事者がもっている偏見のこと

ICD-10の概念であるGID性同一性障害」を ICD-11では「性別不合」として改称・再概念化し、精神疾患に分類しないとした目的として、診断に伴うスティグマの軽減と当事者の医療サービスへのアクセスを容易にすることとあります。

ICD-11の「診断コード」変更の目的

(上記リンク 松永千秋論文 P140)


ここは、ICD-10の「性同一性障害」やそれを改称・再概念化したICD-11の「性別不合」が当事者にとってのスティグマだという意味ではなく、あくまで非当事者が抱える偏見、そこから当事者(ひいては社会全般)に与える影響をスティグマと表現したと理解しています。

さらにもう1つ指摘すべきは「日本にはスティグマはなかったので ICD-11への移行はそもそも不要だった」とSNS等で発言なさるGID当事者もいらっしゃることです。ICD-11に否定的なので、非当事者によるトランスジェンダー差別の発言のように読めることもあります。

もちろんGID当事者の方が、ご自身の状態を一種の「障害」や「病気」と積極的に捉えることもトランスジェンダーの生き方のひとつです。また、「個性」のひとつとして捉えることもトランスジェンダーの生き方のひとつです。どちらがどう、という話ではありません。

あくまで非当事者が抱える偏見、そこから当事者(ひいては社会全般)に与える影響をなくしていこうとの趣旨で書いております。

ICD-10DSM-5→ICD-11への世界的発展

松永千秋先生の論文の表を再掲します。

ICD-10、DSM-5、ICD-11の比較表。

DSM-5の時点で、性別二元論的な見方は克服されているんですね。

こちらは ICD-11の起草WGの論文からです。リンクされている論文は英語です。パソコンでご覧の方は Google Chrome ならば右クリックで「日本語に翻訳」できます。

ICD-11は、この状態を定義する際に「異性」や「解剖学的性別」などの ICD-10の用語を放棄し、「体験されたジェンダー」や「指定された性」など、より現代的で二元性の低い用語を使用していますICD-10 とは異なり、提案されている ICD-11 診断ガイドラインは、すべての個人が「反対の」性別への完全な移行サービスを求めている、または望んでいることを暗黙的に想定していません。

The ICD-11 abandons ICD-10 terms such as “opposite sex” and “anatomic sex” in defining the condition, using more contemporary and less binary terms such as “experienced gender” and “assigned sex”. Unlike ICD-10, the proposed ICD-11 diagnostic guidelines do not implicitly presume that all individuals seek or desire full transition services to the “opposite” gender.


笹沼先生(憲法学の大学の先生です 笹沼 弘志 (@sansabrisiz) / Twitter) によると、このWGの専門家は米国精神医学会の DSM-5にも関わっている人が多く、ICD-10DSM-5→ ICD-11への世界的発展を彼らの論文等で見渡せます、とのこと。

特にオランダの性別違和専門センター創設者 Peggy T. Cohen-Kettenis 先生は子どもや思春期の診療を長年行ってきた方で欧州の中心で、論文もすぐ送ってくださったのだそうです。

体験されたジェンダーはまだわかるけど、指定された性ってなによ?

今までなにをみてきたかというと、

  1. 性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない
  2. 「性同一性」の訳語の関連をみていこう
  3.   ICD-10の「性同一性障害」は、ICD-11で「性別不合」という概念に改称・再概念化された
  4.   ICD-11の「性別不合」の定義の「体験されたジェンダー」はまだわかるけど、「指定された性」ってなによ?

松永千秋先生の論文の表を再掲します。

ICD-10、DSM-5、ICD-11の比較表。

体験されたジェンダーってのはなんとなく意味わかると思うのです。

指定された性(the assigned sex)ってなんでしょうか?


やりとりの論点はほかにもありますが、滝本弁護士の「指定は誰がするんですか?」との問いに笹沼先生は端的に1つの事例で答えられています。

日本においては「指定された性(the assigned sex)」は出生届により届け出られた性別です。要するに制度として、自分以外の他人が指定するものですよと。

よくある誤解として、ここでの sex を身体(身体の性)と訳して、身体の性とこころの性の不一致が「性別不合」の定義だとおっしゃる方がいらっしゃるのですが、これは間違いです。

ここで問題となっているのは、sex じゃなくて assigned sex なんです。

日本においては、assigned sex は2種類しかありません。不案内ですが、assigned sex が3種類以上ある制度・文化の地域もあってもおかしくないでしょう。これは、sex は何種類あるか?という話ともまた違うお話だということはおわかりいただけるかと思います。

ここでもう1つ。ICD-11の「性別不合」の概念からは性分化疾患は除外されないことを指摘しておきます。

下記表2のとおり ICD-10 の「性同一性障害」の概念からは、性分化疾患が除外されていました。なおDSM-5の「性別違和」の概念からは、性分化疾患は除外されていません。

前掲表6では、DSM-5では「指定されたジェンダー」となっているところが、ICD-11では「指定された性(the assigned sex)」と変更されています。

ICD-11における「性別不合」が性分化疾患をカバーする概念であることを説明している図表

(引用元 日本健康相談活動学会誌Vol.15 No.1 2020 松永千秋 特別報告 「治療者の立場から」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjahca/15/1/15_11/_pdf/-char/ja )

非当事者がいう「性自認は自称にすぎない」はトランスヘイトだが、当事者がいう「性自認は自称にすぎない」は真

性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない、ということを前提として「性同一性」という訳語の関連をおっかけてきました。

ここで、ブログ記事冒頭のLGBTQ理解増進法案の話に戻ります。

1つの考え方として「性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらないのだから、法案名や条文から「性自認」を削除し「性同一性」に置き換えても別に問題ないじゃんという考え方はありえます。

ただそれでしたら「性自認」がダメな理由がわかりません。自民党でどういう議論がなされているのかというと

自民党の議論

LGBTQ理解増進法案「かなり後退」内容修正へ 合意ほごに動く自民の思惑は? 「性自認」巡る<Q&A>も:東京新聞 TOKYO Web

性自認」という言葉は、ものすごく誤解されていると思います。

性自認」も「性同一性」も本来的な意味は変わらない、ということを前提に、そして ICD-10の「性同一性障害」が ICD-11で「性別不合」という概念に改称・再概念化されたという流れを概観していただいたみなさまには、今一度「性別不合」の説明を読み直してほしいです。

個人の体験されたジェンダー(an individual’s experienced gender)と指定された性(the assigned sex)の顕著かつ持続的な不一致

自民党の議論のように、男性が「今日から女性になる」と言って女性トイレに入る、それが「性自認」だという議論がいかにトランスジェンダー差別な議論であるかということですよ。

トランスジェンダーとして生きる方のそれぞれの歴史をあまりにもバカにしています。同様の議論として「性自認は自称にすぎない」という言葉はトランスヘイトであると言い切ってよいかと思われます。

ただし、当事者による「性自認は自称にすぎない」は真なんです。

ICD-11の起草WGが議論しているとおり、当事者には様々な方がいて、すべての個人が「反対の」性別への完全な移行サービスを求めている、または望んでいることを暗黙的に想定なんかできないんですね。

ICD-11は、この状態を定義する際に「異性」や「解剖学的性別」などの ICD-10の用語を放棄し、「体験されたジェンダー」や「指定された性」など、より現代的で二元性の低い用語を使用しています。ICD-10 とは異なり、提案されている ICD-11 診断ガイドラインは、すべての個人が「反対の」性別への完全な移行サービスを求めている、または望んでいることを暗黙的に想定していません。

The ICD-11 abandons ICD-10 terms such as “opposite sex” and “anatomic sex” in defining the condition, using more contemporary and less binary terms such as “experienced gender” and “assigned sex”. Unlike ICD-10, the proposed ICD-11 diagnostic guidelines do not implicitly presume that all individuals seek or desire full transition services to the “opposite” gender.

当事者による「性自認は自称にすぎない」発言は、「そもそも(わたしの)性自認を他人に判定してもらう必要はない」と翻訳できますし、若く悩んでいるトランスジェンダーの方をエンパワメントする言葉にもなると思います。

多くのシスジェンダーの方にとっても「そもそも(わたしの)性自認を他人に判定してもらう必要はない」って、言われてみると「そりゃそうだな」とご納得いただけることではないかと。

よって、「性自認は自称にすぎない」をトランス差別と断定するのはちょっと難しいのですが1つだけトランス差別を判定する方法があります。「性自認は自称にすぎない」という主張を補強するために、当事者としてカミングアウトなさっている方の「性自認は自称にすぎない」発言を援用してるやつです。お前はトランスヘイトやめろ。

その他よくあるトランスヘイト言説

よくあるトランスヘイト言説として「トランスジェンダーは性別二元論を強化している!」がありますが、これには ICD-10 からICD-11 への変更点をよく読んでください!で十分かと。

こちらは追記をしていくかもです。これまでの記事の中でよくあるトランスヘイトを潰していったつもりではあるのですが……。

オススメのブログ記事

ぜひお読みください。

ja.gimmeaqueereye.org

yutorispace.hatenablog.com

 

ブログ記事のSNS用のアイキャッチ画像。タイトルの「性自認」という概念はあきらかに曲解されていると思います、が書かれている。