とつけむにゃあの用法について
わたしが生まれ育った町、玉名郡南関町は、ドラマ「いだてん」の主人公である金栗四三先生の生家がある玉名郡和水町(旧玉名郡春富村)の隣町になります。
文化圏は一緒ということでたぶんよいのだろうということで話をすすめるのですが、ドラマ「いだてん」で「とつけむにゃあ」という言葉が、プラスの意味で使われていることにちょっと違和感を覚えるという記事です。
ネイティブとしてのわたしの祖母が「とつけむにゃあ」という言葉を使うときの用法は、
「なんな?ブログで生計ば立てるてな?そぎゃんとつけむにゃーこつばかり言うてから……」
のように(マイナスの意味での)とんでもない、とか、突拍子もない、といったニュアンスで使っていたように思うのです。あと、「こつ(事)」を修飾する形容詞としての用法が多かった印象です。
ドラマの視聴者の方にわかりやすくいうと、たぶん「とつけむにゃあ」は金栗四三先生よりも美川秀信くんにふさわしい言葉だと思います。そんな「とつけむにゃあ」の用法についてなにか文献はないかちょっと調べてみました。
方言類義語の世代差について一考察--熊本県方言に於ける〈数量の多〉を表す数量関係の副詞語彙を中心に 著者:井上 博文氏
こちらのサイトから「熊本」「方言」というワードで検索をかけてみました。
そこでヒットした井上氏の論文は、次のような調査をもとにしたものでした。
①玉名市石貫、②阿蘇郡阿蘇町的石、 ③八代市高田、④本渡市本渡町本渡の四地点で、老年層(65 歳以上)と青年層(高校生)のそれぞれ二人ずつを対象に、予備調査(1984.3)で得た語と方言辞典・方言集から抜き出した語の約250語からなる調査票を用いて、一語一語の使用の有無について面接調査(1985.4)を行った。その際には以下に示した条件を満たすか否か、文体的特徴(品位、土地言葉 or 共通語の意識、新古)、使用制限、使用頻度、具体的な文例等々について尋ねた。
調査実施日は、今から35年ほど前になるのですね。わたしはこの青年よりもさらに8歳ほど若い世代になります。
感覚的には (熊本県人的には)4つの地点で調査されていることは、なるほどと思います。これは位置の離れ具合から文化圏が異なることもあるだろうというですね。この中では玉名市が一番近いです。
下記データでは、玉名市の「老」と「青」を御覧ください。
〈数量の多〉を表す数量関係の副詞語彙に、負の評価を伴いやすいものが多くある
こうやってみると方言の表現の豊かさにびっくりしますし、失われていく言葉たちみたいなそういう一抹の寂しさも感じますね。
トツケムニャーは、33番にあります。備考欄には、「思いがけないほどたくさん」という記述があります。玉名市では老年、青年ともに使う言葉としてありました。
残念ながらこの調査からは、トツケムニャーがマイナスの意味で使われるという記載を見つけることはできませんでした。
また、トツケムニャーが副詞としての用法として「思いがけないほどたくさん」という意味で使われていたことも自分の記憶ではないのですが、これもこの論文の記録がありますからね。
13.イサギー
38.ヨンニュ
などは、わたしの父はよく使います(マサキ野菜ば持っていかんかい。いさぎーよんにゅは無かばってんな)が、わたしはパッとは出てこないです。使われたら意味はわかるという言葉になっています。
上記資料の備考欄をみると、表の2枚目に「負の評価を伴いやすい」という記載があるものが多くあることに気づきます。
これは、時代の制約みたいなものもあるのかな?と思いました。〈数量の多〉が悪いことであるという状況は、食糧生産やその保存などの場面では、現代よりも多くあるでしょうし……ということを考えました。
一応のまとめ
「とつけむにゃあ」がマイナスの意味であるという文献を探すことはできなかったのですが、なんとなく〈数量の多〉を表す言葉が「負の評価を伴いやすい」ことはあったみたいな感じでまとめてみようと思います。
それが転じて、形容詞的用法になったときに「負の評価を伴いやすい」言葉として使われた……という推理です。
ただし「とつけむにゃあ」はプラスの意味でも使っていたよというネイティブスピーカーの方、または研究者の方のつっこみがあれば、すぐ撤回します。弱い。