わたしは、「女性専用車両は、差別ではなく区別である」という考えなのですが、ちょっと考えてみました。
上記リンク記事の筆者さんは、「女性専用車両は、差別である」論の人なんですよね。
なお、上記リンクの筆者さんを増田さんとお呼びします。そういう風習?があります。これは、アノニマスダイアリー(株式会社はてなさんのサービス・匿名で書ける日記)の当該記事の筆者さんという意味だからです。最初意味がわからなかったものです。アノニ・マスダ(増田)・イアリー……。
女性専用車両は差別なのか?
わたしは差別ではなく区別であるという考えです。これは結論(結果の妥当性)から差別とは何かを考えるという思考法です。
増田さんも結論の置き場所は一緒なんです。
痴漢という犯罪がなかなか撲滅されない現在において、女性専用車両という解決には一定の合理性があり、それで救われる人が大勢いるのなら、私はそれに反対しない。
出典:上記リンク
ここ(一定の合理性があり)を読んで、増田さんも結論はOK!許されるとおっしゃっていると読みました。増田さんも結論を全く考えないのではないのですね。
増田さんの主張
ただ増田さんは、結論として許される許されないの 「前に」 差別かどうかを判断する基準があるとおっしゃっているんですよね。
犯罪者の多くがその属性を持っていることを理由に、ある生得的な属性を持っている人の多くを公共の領域から締め出す行為は、差別だよね?
出典:上記リンク
ここでは生得的な属性というのがポイントです。
増田さんは、 自分ではどうしようもない生得的な属性を理由になんらかの不利益を課せられることを差別だよね、差別とはそういう定義だよね、とおっしゃっています。
増田さんの主張に対するわたしの考え
増田さんは、差別には定義(基準)があるよ!とおっしゃっているとわたしは読みます。結論として許される許されないの前に、差別かどうかを判断する基準(定義)を 「もつべきである」 そうしないとほかの多くの場合に許されない差別を見逃すことになってしまうとおっしゃっているんですよね?
(ここは意訳です。ただ、議論の流れは追えていると思います。増田さんが、女性専用車両は区別である論者に対して、反論をなさっているところをご確認ください)
ですので反論するならココなんでしょうね。結論から考える思考法による判断は、恣意的になりがちである(許されない差別を見逃すことにつながりやすい)という増田さんの主張は、これはほんとにそうかな?と。
増田さんに対する反論
増田さんの差別の定義がガバガバすぎる
増田さんの立場(結論として許されるかの前に、定義(基準)があるという立場)ならば、差別の定義はもっと細かくならざるをえません。
増田さんは、最終的な結論の妥当性の前に、もっというと最終的な結論からは離れて、字句的な意味での差別にあてはまるかどうかを検討すべきという立場だからです。
増田さんの立場だと、差別の定義がもっと細かくなるんです。
わたしの立場ならば、最終的な結論としてこれは必要だよねというものは差別ではなく区別なんだとなりますので、スッキリはしています。
増田さんの差別の定義にあてはまっていたとして……
増田さんのいう差別の定義にあてはまっていたとして、あてはまっていたとしてもだからなんだという話なんです。
増田さんもご検討のとおり、
痴漢という犯罪がなかなか撲滅されない現在において、女性専用車両という解決には一定の合理性があり、それで救われる人が大勢いるのなら、私はそれに反対しない。
出典:上記リンク
結論としては、女性専用車両には、一定の合理性があるということは増田さんも認めていらっしゃるんですよね。ならば、それをことさらに「差別」という必要なくない?ということなんです。
これは、そもそも考え方が違うので、反論としては弱いと思いますが……。
増田さんからの再反論としては
逆にわたしのような結論から考える思考法をとることの不都合は、増田さんのご指摘のとおりです。
「差別」「区別」どうやって判断するの?恣意的になりませんか?という。
ただ、我々は今回は同じ結論にたどりついているんでですね~。価値判断=主観的=恣意的という定式は、再検討する必要がある……という話はまた大きい話になりそうです。
という議論は、こちらのP207を参考にしました。というかやっと意味がわかったような気がしてます。
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