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性的マイノリティの子どもたちと教育というタイトルの講演を聞きました。

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性的マイノリティの子どもたちと教育というタイトルの講演を聞きました。

 

先日、全国青年司法書士連絡協議会(以下、全青司ぜんせいしといいます。強制加入じゃない任意の団体です。)の全国研修が、2日間、横浜パシフィコで行われました。全体を通しての大きなテーマは、「共生」でした。1日目に基調講演と分科会。2日目に第2の分科会があるという感じです。

 

この中で、分科会の1つとして、「セクシャルマイノリティ(LGBT)~性的指向及び性自認に基づく差別の無い共生社会実現の一歩として~」がありました。4人登壇なさった方がいらっしゃったのですが、その中のお一人の講演メモを書きたいと思います。

 

性的マイノリティの子どもたちが、いろいろな相談をできる「場所」を運営なさっているNPOの方でした。SHIPにじいろキャビン(特定非営利活動法人SHIP)の星野慎二氏です。

 

 
あおさん
いろんなことを勉強しているんですね。
 
まつむら
全青司のほかの先生方は、意識高い方も多いですよー。全青司の全国研修で、こういった内容の分科会が企画されることを私は、誇らしく思っています。いいね!
 
ただ私には、知識がありません!
以下の文章に、間違いや、またどこかに差別意識ある部分があるとしたら、その責任は、まつむらにあります。
しかし、分からないことは、分からないなりに書いてみます。

まず、知識のない私が、なるほどっ!そうだろうね!と思った話

 

これは、性的指向についての話です。性的指向は、自らの意思で変えることができないという指摘です。他人の意見で変えることができないということは、そりゃそうだろうねという話なのですが、自らの意思でも変えることができないという指摘。これは、なるほどっと思いました。

 

なんとなくこういうことかな?と思ったのは、自分が人を好きになったはじめてのときを振り返ってみたとき、自らの意思みたいなものは出番がなかったなーと。はじまりはもっとふわっと始まって、気づいた時には自らの意思ではどうにもできないようなそんな感じじゃなかったっけ?と。

 

それならば、分かるな、と思ったんです。なんとなく、自分のこととして考えるとっかかりができたかな?と。テレビに出てくる同性愛者の方は、今の自分の生き方を意識的に決めている方が多いと思うんです。だから、盲点でした。人を好きになる瞬間は、あんまり変わらないのかな?と。たまたま同性だった。異性だったという。

 

自分の納得、咀嚼の仕方なので、すみません。ここまでで間違いありましたら、お教え下さい。

 

ホントに知識のない私。性の3つの要素を学ぶ

 

  • からだの性(生物学的性)
  • こころの性(性自認)
  • 性的指向(恋愛や性愛の対象とする「方向」を指し示すもの)

 

ここで学んだことで、一つでてきた疑問があるのですが、その前に、とりあえず学んだことをリストアップします(あまりに基本的なことを知らないことにビックリされるかもですが、恥をしのんで。また、講師がつかっていないことばをつかいます。現在のまつむらの理解です。)。

 

  • 性的マイノリティということばは、LGBTよりも広いことばなんです。LGBTということばからカヴァーできないものも含む概念ですよ
  • LGBは、性的指向の話ですよ(性的嗜好ということばとは違いますよ)
  • T(トランスジェンダー)は、からだの性とこころの性の不一致、違和感の話ですよ
  • トランスジェンダーであること、からだの性とこころの性の不一致、違和感があることは特に問題のあることではなく、ただその方が、社会との接点で支障がある状態がある場合、これを「障害」と捉え、性同一性障害という診断がなされることはありますよ(ここでは2つのことを言ってます。1つは、性同一性障害は、診断名であり、病名ですということ。もう1つは、ただその性自認自体は、その方の個性、アイデンティティであって、そこが障害であるなんてことはないですよ、ということ)

 

こんなことを学びました。

 

一つ疑問。一応トランスジェンダーではない私。けど、どっちかでないといけないのかな?

 

トランスジェンダーの方でない方をシスジェンダーというらしいです。そして自分がふと思ったことは、シスジェンダーの方の中に、実はトランスジェンダーなんだーという人結構いらっしゃるんじゃないかな?と。もっというと、こころの中にいっぱい性があって、いったりきたりしてる人もいる、などと想定してもよいんじゃないのかな?と。これはシスジェンダーとして生きている人の中でも、という話です。

 

けどけどと、もう少し考えると、じゃあ自分の中の女性性が顕現するときってのを考えてみると、自分の中の母性が発揮されるとき?となるかなと。まーそれはそれで良いとして、んじゃー母性ってなに?となり、私の考える母性って相当程度社会的規範に影響を受けてるやろ!ということになりそうな気がするのです。

 

わざわざ女性性と言わなくても、男性として優しい気持ちになったで良いじゃんみたいな。

 

考える道筋は、間違っていないと思うのです。けど、分からなくなりました。自分の中に女性がいると考えると、素敵だなと思えるということは、性自認は、男性ということで良いのかな?自分のことになってますね。いっぱい性があって、いったりきたり説をなんとなく捨てきれない感じです。

 

ここはもう少し考えると。

 

講演を聞いたあと、ググってみて読んだ記事

 

rainbowflag.hatenablog.com

 

多くの示唆をいただきました。自分の性自認に対する疑問をあくまで、自分のこととして書くことができたのは(そう読めますか?)こちらの記事を読むことができたからです。

 

ja.gimmeaqueereye.org

 

こちらは、リアルタイムで読んでました。動画ブログも聞きました。頭いい方だなという小学生みたいな感想ですみません。最後の天皇制への言及は、私の意見は違いますっ。この方もラディカルすぎるやろっと。

 

 

もう少し頑張って勉強します。基本的には、生まれて、成長して、人を好きになって、そんな中で、無用な差別はいらんやろと。んじゃー差別ってなに?ということを考えると、またまた不勉強が露呈するので、とりあえず。こんな感じのぐだぐだですみません。引き続き、勉強します。

 

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